劇場版銀魂 -吉原大炎上- を観たオタクの怪文書
この記事には多分吉原大炎上のネタバレはほとんど入っていないはずです(多分)
「己をオタクにした作品」と問われれば、皆さんは何を思い浮かべる?
Dグレ?イナイレ?ハイキュー?
私は迷う余地なく「銀魂」…。
私が中高生時代のジャンプアニメといえば、長期放送しているのが当たり前で、ブリーチ・ナルトと並んで夕方のゴールデンタイムに放送していた銀魂。
(今思えばすごい時代だったなという感じだが…)
アニメに「監督」という役職のオッサン(当時の認識)がいるということや、作画がアフレコに間に合わず絵コンテで「線録り」をすることがあるということや、アニメを作るには金がかかるということなどは全てアニメ銀魂から教わったし、
アニメの作画の良し悪しなどの穿った見方を知ってしまったのもおそらく銀魂からだし、作画監督とかのスタッフの名前をエンドクレジットに確認しにいくようになったのも銀魂からだし、
己が原作厨だと知ったのも銀魂がきっかけだったと思う。
そんな私のオタク人生の始まりだった訳なので、紆余曲折ありながらも連載が終了した時には一つの時代が終わったなというのを個人的に感じたものである。
ちなみに銀ノ魂篇あたりからのアニメ・THE FINAL映画を観ていない人間の書き記した文章であることを一応明記しておく。
え?今から映画やるの??マジ??
そんな銀魂がこの令和8年にパロディ軸のテレビアニメ化を行い、17年も前の長編を映画化するというのだから、私と同じ時代を同じように生きていた人間の多くは「マジ?今?」となった訳だけど、
実際のところ、アニメイトに行くと特にアニメを放送しているわけでもジャンプ本誌で動きがあるわけでもない、とうの昔に連載終了している漫画(アニメ)であるはずなのに新作グッズが定期的に出ているジャンプ作品二大巨塔(私調べ)のうちの一角なので、そこまで不思議な話ではなかったのだと思う。
初報を見た時は「え?なんで吉原炎上篇?」と思ったものだが(だって本当にネットで炎上しそうだし紅桜篇と吉原炎上篇の間に何個か長編あるし…)、
実際銀魂の長篇の遍歴を思い浮かべてみると、
銀さんの過去周りが本筋にあまり関わってないから初見でもとっつきやすくて、それでいて万事屋がちゃんとメインになってて、長さもちょうど良くて〜となると、確かに吉原炎上篇かもな……と思った。
PV出たり上映始まるまでは「本当に吉原炎上篇を今の時代にそのまま映画化できるのか、改変されるのではないか」という不安の声がちょくちょく上がっているのを見かけたが、私は正直銀魂はそういうことでネットが炎上するような“ブーム”が来るギリギリのタイミングで完結したと思っていたので、「間違いなくそのままやってしまうから燃えないかな…」という危惧の方がデカかった。
「原作の描写をマイルドにするような姿勢で作るくらいならそもそもやらないだろう」というある意味の信頼があったのかもしれない。
それでついに先日「吉原大炎上」を観に行ったわけだが、
リアルに予想の10倍は良い映画だった。
観る前に予告PVだけは観ていて、アクションシーンだとかキャラデザだとかが完全に「令和版」になってて、それでいて「こんなの銀魂じゃないやい!」みたいな感情になることもなかったので、コイツは期待できるぜ……と思いつつ観にいったにも関わらずである。
まず色がいい
作画も良かったのだが、私的なデカい加点100億点ポイントは色彩設計で、
かなりアニメ終盤と比べて彩度が落ち着いた色味になっていたのだ。
さっき書いたように私は銀ノ魂篇あたりからアニメを見ていないのだが、理由がいろいろあって、大半はリアルの理由だとかそもそも終わりを見たくないだとかシリアスすぎて辛いだとかなんだけれども、理由のうち0.5%が「色が俺の知ってる銀魂じゃなさすぎる」だった。
多分伝わる人には伝わると思う……元々画面比率が16:9に移行したタイミングでちょっと彩度上がったなとは思ってたけど、
確かいわゆる第3期の「銀魂゜」になって制作体制が一気に変わった(と思われる)タイミングで、OP ED映像含め作画の様子が変わったのと一緒に色彩が一気に変わって、それが個人的に彩度が高すぎてびっくりしてしまった(小学生並の感想)。
色彩設計を変えたのか撮影効果が変わったのかわからないしそもそも大半の人間には良いことだったのかもしれないが、私的には結構マイナスな変化だったので、吉原大炎上のPVを見たタイミングでもうすでに結構期待度は高まっていたのである。
そうそうこれだよこれ。この色味だよ銀魂は。
確かにほとんど地下遊郭の話だし、だからトーン落としたのかもだけど、理由はともかくまず色が良かった。
オリジナル要素が良い
あとストーリーがちゃんといい意味でそのままだったのは期待通りだったんだが、桂や真選組のねじ込み方が上手すぎて「あれ?これ空知英秋がネーム書いてるのかな?」と思いながら観ていた。
空知英秋の肩書きが今回「原作/スーパーアドバイザーゴリラ」で、「こことここは吉原篇のタイミングで対峙させちゃダメ」とか「ここでコイツは女装NG」みたいなのは指示があったみたいだけど、それにしても展開とかセリフが自然に銀魂すぎて結構感激した。
また自分語りを挟むが、というか結構銀魂のアニメをDisるようで申し訳ないが、前述した通り自分が原作厨を自覚したきっかけが銀魂で、何を隠そう銀魂アニメのオリジナルストーリーが結構当時苦手だった。
(銀魂のオタク以外に伝わらないと思うけど)25の倍数のオリジナル回は割と好きなのだが、引き伸ばし用のオリジナルストーリーが当時どうも刺さらず、
刺さらないどころか気難しい中高生だった当時の私は「原作者が崩せないところをアニメの脚本が勝手に崩すなボケカス」とさえ思っていたので、アニメが原作に追いついて一旦終了したことに、寂しくも「これで変なオリジナル回をされなくて済む」と安堵したものである(嫌なら見るなすぎる)
※追記※
あまりにもどこから目線?すぎる発言だったので一応補足しておくと、銀魂は相当何でもありの世界観ではあるものの「銀魂感」というか「空知感」を出すのが恐らく相当難しいので、それを踏まえて今考えてみるとそんなボケカスというほど酷いものではなかった(気がする)
という前説を入れつつ、なのでアニメ銀魂のオリジナルにそこまで期待していなかったのだが、特にゴリラと猿のくだりがめっちゃ銀魂で、「銀魂ってオリジナルで産めるんだ…」と謎に感心しつつ内心拍手を送っていた。(誰?)
(でもここまで書いて思ったけど、新訳紅桜篇のオリジナルのねじ込み方もそんなおかしいな…みたいなこと思った記憶ないので、そもそも私の杞憂だったのかもしれない)
ちょっと待って…結局全部いいのでは?
ここまでアニメ銀魂をDisるようなことをちょくちょく言ってきたけど、私は本当にアニメ銀魂の制作のことをすごいと思っているし尊敬しているし、本当にありがとうといつも思ってきていて、
己が原作厨だと気づいた理由の話の続きをすると、アニオリをカスだと思ったということよりも「銀魂アニメの原作エピソードに対する姿勢」がめちゃくちゃ素晴らしいことに気づいたということの方がデカかったのだ。
制作自ら「予算ギリギリでやってます」「放送コードがなんぼのもんじゃい」と半分ふざけなら放送していたのを聞いていただけなので、実際本当にどこまでギリギリでやっていたのかなどこちらは知る由もないが、
実際大した予算もない中安定した作画で、長篇では良い戦闘シーンを見せてくれて、原作のギリギリアウト寄りのネタも(放送版では)できる限り全てそのまま映像化してくれているのを見る感じ、相当な熱意を持って原作に向き合ってくれていたことには間違いがなく、
今回の映画からもそれをひしひしと感じたわけである。
鬼滅という大ヒット作品が「遊郭編」をやってくれていたからもしかしたらそこまでハードルは高くなかったのかもだけど、
でもそれでもこの令和八年の時代にいい意味でそのままストーリーを出していただいて、それでいて原作者と相談しつつそこに自然にいなかったキャラクターを活躍させるという、原作のオタクとしては感謝感激雨霰以外の何ものでもないし、
何より当時ですでにクオリティ高く完成されていた戦闘シーンをいい意味で今時のアクションに描き直してて、それでいて元の良さを無くさず令和の銀魂として昇華させているという、
もうなんというか、文句のつけどころがない映画なのッ!!!!!!!
こんだけオタク目線で書いてはいるけれども、
最終的な結末含めて一つの映画としての完成度が爆裂に高く、最初に書いた通り初見でも観て楽しめるような長篇選びをしているのもあって、全然銀魂のオタクじゃなくても楽しめる内容になっているのもポイント高い。
銀魂のオタク目線だと今回本編前の最初の「いつものやつ」の尺が短いなと思ったけど、これももしかしたら誰でも楽しめるようにするための配慮だったのかもしれないと今なんとなく思った。
もし万が一吉原大炎上をまだ観ていない人がここまで読んでいたらぜひ映画館で観てほしい。これは絶対大スクリーンで浴びた方がいい。
もし銀魂を見たことない人がここまで読んでいたら、予習はこの動画の1分間だけで十分なので、よければフラッと観に行っても後悔はしないと思う。
だって文句のつけどころがなかったからッ!!!!!!!!!!!!